偽りのまごころ1

 桜みたいに綺麗な人だ。


 小説の類を一切読まない私は、気の利いた言葉を知らない。


 だから、春を魅せる花に喩えたりする。


 凡庸な感想。


 本当はもっと、飾った形容をしてあげたいのに。


 でも、飾れば飾る程に言葉は嘘臭くなるから、別に良いとも思う。



 ――けれど。



 近所だからと書斎代わりにしてる図書館で、彼女を見つけたのはひと月前、8月の始めの事。


 私は図鑑だの科学雑誌だの、兎に角物語ではない本を読み漁っていた。


 創作は嫌い。

 嘘つきは嫌い。


 騙されるのはまっぴらだと思う。


 ひねくれている。


 性格だから仕方がないが、もう少し可愛く素直になりたい。


 その時も、蜂のしま模様について調べながら、そんなどうしようもないことを考えていた。


 不意に、どこからともなくいい香りがしたから、私は誘われるように顔を上げた。


 彼女が、いた。


 真正面の席に、花瓶に生けられた桜みたいに座っていた。


 桜はあまり花瓶には生けないけれど。


 花の種類は馬鹿みたいに詳しい私だけれど。


 硝子に光る水を吸って咲いてる桜に見えたから、生けた桜で良いのだ。


 桜を切り正直に名乗り出た馬鹿は誰だったか。(もっともあれも嘘の話らしいが)


 その馬鹿の行動が示すように、嘘はいけないのだ。


 誰かを騙すのは良くない事なのだ。


 しかし、人は嘘を善として受け入れている。


 それが小説。物語。


 泣いたり笑ったり、楽しそうにそれを読む。


 そんな彼らを見て、私は心で問うてみる。


 ――騙されてるのに、楽しいの?


 多分、騙されてる事に気付いてないのだろう。


 そうでなければそんなに心を露わに出来ない。


 被害者意識がないのだ。


 ならば、彼らも一員だ。

 嘘つきはそうして増殖する。


 嘘をつかれてる意識が欠けてるから、彼らもまた嘘をついて行く。


 物語のように長い言葉でなくとも、一言でも嘘は嘘。


 人を根拠もなく励ましてみたり、誰かを心配させじと見栄を張ってみたり。


 嘘を正当化し、見えない傷を付ける。


 人の世は嘘で創られている。


 だから、私は人にあまり魅力を感じない。


 人は誰もが嘘と云う遺伝子持つ生き物だから、人に対しての理解を放棄している。

 

 “対象”ではないのだ。


 でも、彼女は異質だった。異常者と云うべきかも知れない。


 胸が熱くなり、瞳がそらせない。


 ――綺麗。


 ――これは、何?





つづく。


次回で終わります(;^ω^)

一応百合です。