百年越しの初恋の君3※BL※一部性的表現アリ

 言葉とは道具の一種だ。

 獲物を仕留めまたは殺める剣のように、暖を与えまたは焼き尽くす火のように、用途によって使用法は異なる。


 要は使う者の心次第。


 だからと言って、発せられる言葉がいつもその人の本心とは限らないのだ。利害を考慮して、偽りを述べる事もある。

 それが人間という高等動物のみに授けられた言葉の正しい使用法だ。

 己の損になる事は表に出さない。

 つまり、言葉に意味を求めるのは無意味だと私は思う訳だが。


 ならば何故、私はあの時言ってやれなかった?

 ただ一言嘘を吐けば、快楽に溺れる事が出来たのに。


 あの男が死ぬ事もなかったのに。


 吐く側吐かれる側両方にとって、正しい嘘である筈だったのに。


 『好きって言えよ』


 『来年こそは、好きな者と祝わないとな』


 嗚呼。

 異なる声の不協和音が私を襲う。

 頭が痛い。



 これも全部、あのクソジジィが悪いんだ!


 手元にあった呼び鈴を私は乱暴に鳴らした。


「はい、旦那様」


 先程とは別の執事が、折り目正しく現れる。


「カミュに会いに行く。車を出せ。…あ、それからな」


 踵を返そうとした執事に、私は一つ悪戯な仕事を頼んだ。


「ツバキも同乗させろ」





 

「ミラー…今、何時だと思っている?」


 彫りの深い容貌に更に濃い影を落として、カミュは重々しく口を開いた。


「四時だな」


 そんなカミュの不機嫌なオーラ等気に留める事もなく、私はあっけらかんと返してやる。


「…どれだけ深夜か、解っていて答えたのか?」


「毎朝五時に目が覚めるジジィにとっては既に早朝の区分だろ。ホラ、出迎えの挨拶はもう充分だ。邪魔するぞ」


 私より頭一つ分長い体を横に押しやり、勝手知ったるカミュ邸に足を踏み入れる。


「…はあ」


 長い付き合いで私の性格を熟知している彼も、うなだれてそれに続いた。



「それで、こんな夜遅く…いや、朝早くからチャイムも鳴らさず、近所迷惑な方法で家に訪問したのだ。それなりの土産は用意して来たんだろうな」


 黒い光沢を放つソファに浅く腰掛け、カミュがいよいよ不機嫌を露わにして訊いて来る。


 …やっぱりツバキをけしかけたのはマズかったか。



 ちなみにツバキとは、家で飼っている番犬の名前だ。


 朝四時に自宅から連れて来た、けたたましい犬(ツバキ)の雄叫びは、カミュのみならず近隣住人の起床を促す結果になってしまった。


 まあ、私の尻拭いをこなして約百年のカミュだ。

 御近所トラブル位難なく片付けられるだろう。


 いや、寧ろ難航して欲しい位だな。


 私の遊戯の邪魔をしたのは、他ならぬ君なのだから。

 犬以下の侮蔑を受けた私の気持ちを思い知れ!


「…何をふんぞり返ってる?前々から訊こうと思っていたが、君は言葉の意味を正しく理解しているのか?」


 カミュのその言葉に、訪問理由を漸く思い出す。

 尤も、嫌がらせも充分な用事ではあるのだけれど。


 ま、それは秘密だ。


「…それはまた、タイムリーな質問だな」


 切れ長のトパーズアイに視線を合わせて、私は真面目に手土産を紐解く事にした。


「タイムリー?そうだ、君の用件を先に訊くか…」


「先も後もないさ。私の用事もそれだから」


 そう言って、私はカミュの向かいから彼の隣に移動し、柔らかいソファに腰を下ろした。

 


つづく