百年越しの初恋の君4※BL※一部性的表現アリ

「…ミラー?どうした?」


 黄玉の眸に被さる白銀の髪を揺らして、カミュが優しく問いかける。


 無自覚とは、恐ろしい。


 二人の間にどれだけ温度差があるのか、知らないのだから。


 私の全細胞が、彼に向かって口を開けてるのを知らないのだから。


 …そしてそれがまたムカつくのだ。


「…どうしたじゃないよ。まあいいさ。君が投げた質問を君に返そう。君は私の言ってる意味が解るか?」


 ブーメランの如く戻った発言が、カミュの脳天に直撃する。


「…あのな、何を指して言ってるのかがまず解らない。そしてそれはお前への疑問だった筈だろう」


「音にしたのは君が先だ。でも契機を作ったのは私が先だ」


「…」


 二の句が繋げず、カミュは黙り込んでしまった。


 …仕方ない。


「私が生まれてから、百年の間に発した言葉を、君はちゃんと記憶しているか?」


 私の発言に、相手は心底ウンザリという表情をする。


「…そんなもの、憶えている訳がなかろう」


「何で」


「何でって…」


「私は、君との会話を残らず記憶しているぞ」


「…え…?」



 思いがけない反応に、カミュは目を丸くして驚く。


 心外だな。そんなにビックリする程の事実か?


 …そう、それは真実だった。


 私には0回目の誕生日から記憶がある。


 全ての感覚が、彼の存在をハッキリ認識していたのだ。


『生まれてきてくれて有難う』


 少し震えた低く穏やかな声は、狭い母親の胎内よりもずっと心地良かった。


 そして彼の涙に濡れた笑顔を見た瞬間、無垢な赤子は己の運命を知ったのだ。


 ああ、彼なのだ、と。


 恋なんて言葉も知らなかった誕生の日。


 私は初恋という、百年分のプレゼントをもらった。


 そんな特大の贈り物をくれた奴との会話を、忘れられる筈無いだろう。

 と言うか、カミュも絶対憶えてると思ったのに…裏切り者め!


「…すまない。私は君程若くはないものだから…許して欲しい…」


 私の機嫌が急降下したのを察したのか。

 理不尽な怒りを真に受けたカミュがすまなそうに呟いた。


「…別にいいさ。じゃあ、百年分の発言を一言に要約してみるから、聴いてくれる?」

 


 

「…要約なんて、出来るものなのか?」


 膨大に蓄積されている記憶の端に手をかけたらしいカミュが訝し気に訊く。

 人間工学が専門の理系な彼氏には、百年分の会話を纏める一語等思い当たらないらしい。


 いや、理系文系云々の前に、同じ気持ちだったらパッと閃きそうなものなんだが…。


 ああ駄目だ駄目だ!


 告げる前から立ち込めた不穏な空気を振り払って、私はカミュに向き直った。


「カミュ…」


「…うん?」


 …こうして対峙すると改めて分かる。


 嗚呼、やっぱり本物は何処までも美しい、と。


 同じ髪色、同じ眸の色をしただけの『ニンゲン』なんかとはまるで違う。


 総天然色の、愛しい人だ。


 二百年、何者にも染まらなかった…


 …そうだ。


 彼は、誰色にも染まってなんかいない筈だ。


 あんな、『ニンゲン』なんか……!


 脳裏に微笑みをたたえ現れた憎き残像を心の銃で撃ち殺し、私は絞り出すように告げた。



「カミュ…好き、だ…」

 



つづく