夕餉の君3 小説(BL)
宮廷晩餐会で人肉を振る舞われて以来、カミュはすっかりそれの虜となっていた。
食感、香り、味、どれをとっても究極の名に恥じぬ素晴らしい食材である事を、身に染みて認識させられたのだ。
その日は、夕餉の事を考えながら帰路に着いていた所であった。
数日前にオープンしたばかりの、人肉料理専門店に寄って行こうかと思案に耽って。
ところが困った事に、その店を探してる内に道に迷ってしまった。
『…考え事に没頭しながら歩くものではないな』
仕方なく携帯を取り出し居場所を確認しようとすると、突然コートの裾を引っ張られる。
『な、何だ?』
驚いて振り向くが、そこには誰もいない。
『一体誰が…』
『こちらですよ』
リン…と、壁側から鈴の鳴る音…のような声がした。
見ると、細い格子の間から手を伸ばした人間が微笑んでいる。
『…人畜…か?』
新人類と旧人類の見分けは基本的に難しくはない。
旧人類の場合、生まれてすぐ頬に番号が刻まれるからだ。
しかし、今目の前にいるそれには証が見当たらない。
雰囲気からは新人類という空気は感じられぬから、カミュは訊いてみたのだ。
『ええ。…番号すらないですが、人間です』
『…あ、中に入りませんか?僕しかいませんから、遠慮はいりません』
彼の心地良い声に誘われ表に回ると、豆腐色の簡素な作りの扉があり、古ぼけたプレートが吊り下げてあった。
『◆人 屋◆』
人と屋の間は掠れて読み取れない。
『…店、なのか?彼は商品なのか…?』
不審に思いながらドアノブに手をかけ扉を開くと、目の前に先程の人間が立っていた。
『いらっしゃいませ』
格子越しには気付かなかったが、身の丈はカミュと大差ない位高い。
ビスクドールを思わせる目鼻立ちに、濡れ羽色の髪と漆黒の眸が見事に調和して、まるで和洋折衷イイトコどりの人形のようだ。
一語で言い表せば、美しい。
ゴクリと、自身の喉が鳴る音が聞こえる。
『…君は、いくらだ』
前置きも無い唐突なカミュの言葉に、青年は一瞬眼球に丸みを帯びさせたが、すぐまた穏やかな笑みを取り戻し優しくこう告げた。
『僕は、食べられませんよ』
『…どういう事だ?』
『さあ。詳しくは知りませんが病気らしいんです。薬を沢山飲んでるので、食材には適しません。貴方の体に害が及びます』
だからと、綺麗な笑顔で話を括り、彼はカミュから視線を外す。横顔も、隙の欠片ない秀麗さだ。
『とりあえず、それでも構わない…』
『え…?』
青年は今度こそ驚きを露わにして、こちらに黒曜石の輝きを向ける。
『病気である事は追々考慮する。私は君を買いたい。…いくらだ!』
気の触れたか如く鬼気迫る形相で青年に詰め寄ると、彼は弱々しい口調で返した。
『…僕なんかを食べて頂けるなら、お代はいりません…』
涙で濡れたその瞳に、カミュは食欲とは違う、別の欲求が芽生えるのを静かに感じていた。
(腹が、確かに空いていた筈だったのだが…)
つづく
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